大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和44年(う)660号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官大野正名義の控訴趣意書記載のとおり、これに対する答弁は弁護人半田萬提出の答弁書のとおりであって、当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。

検察官の所論第一点(事実誤認による法令の解釈適用の誤の主張)について

所論は、公訴事実中救護義務違反の点につき、原判決は被害者は即死したと認められるので救護義務を認める余地はない、として無罪を言渡したが、これは事実を誤認した結果法令の解釈適用を誤ったもので、その誤は判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

よって検討するに、医師星子卓作成の死亡診断書によると、被害者菊次早人は昭和四四年四月一四日午前零時一五分山門郡三橋町蒲船津山門食販前県道上において頭蓋骨折及び頭蓋内出血により即死した旨記載されているけれども、星子卓に対する当裁判所の証人尋問調書によれば、星子医師は同日午前一時頃右現場に至り既に死亡していた被害者の死体を検案したものであって、その死因が前記時刻自転車で通行中竜宝鈑金塗装店前において軽自動車に衝突されたものである旨死亡診断書に記載したのは他から聞いて書いたものに過ぎず、死亡の判定は医者としてもむずかしい問題であり、被害者が衝突時死亡したものか、自動車のボンネット上にあるときに死亡したものか、ボンネットから落ちた後に死亡したものか判定することはできないが、いずれと解するにしてもいわゆる即死といってよいというのであって、右診断書及び右調書の記載から直ちに衝突時点において死亡したと断定することは軽卒に過ぎるといわなければならない。ところで≪証拠省略≫を綜合すると、被告人は本件衝突現場において被害者に追突し自車ボンネット上に掬い上げ、このことを知ってすぐ速度を時速約五〇キロメートルから約一五キロメートルに落したが、結局停車することなく再び時速約七〇キロメートル位で進行を続け、約七五〇メートル進行し前記山門食糧販売協同組合事務所前に至った際、被害者がボンネットから道路右側に落ちたのに、これを救護することなくそのまま逃走したものであり、事故現場附近において対向して運転していたタクシー運転手牛島誠が事故の発生を知って直ちに方向転換し時速約六〇キロメートルで被告人車を追跡し、山門食糧販売協同組合事務所前において被害者が倒れていることに気付いて下車し、被害者の右手首の脈をはかったが脈をうっていなかったので死亡していると速断したことを認めることができる。

ところで、道路交通法第七二条第一項前段にいう「負傷者」とは、死亡していることが一見明白な者を除き、車輛等の交通によって負傷したすべての者を含むと解するのが相当である。人の死亡の判定は極めてむずかしいのであるから、死亡していることが一見明白な者以外の者については、とりあえず救護の措置をとらせるのが被害者の救助を全うしようとする立法の趣意に合致すると考えられるからである。而して死亡していることが一見明白な場合とは、例えば自動車に轢過されて身体の重要部分が開放性破裂又は切断されたというように、特に医学に専門的な知識を有しない者にでも死亡と明認できる場合を指すものと解すべきであるが、本件は前叙のごとく追突してボンネット上に掬い上げたうえ、被告人が追突の事実を知りながら停車することもなく車を疾走させ、事故現場から約七五〇メートル進んだ地点において被害者がボンネットから落ちたことを知りながらそのまま逃走したのであるから、被害者がどの程度の負傷をしているかも全然知らないわけであって、被害者救助の見地からこのような行為のなからんことを期して作為義務を科している道路交通法の前記条項の趣旨から見ても、更に被害者の負傷の外観的状況からいっても、本件は一見明白な死亡事故に当るものではなくまさに右条項違反に該当すると云わなければならない。論旨は理由がある。

よって検察官の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

原判決の挙げる事実及び証拠の外、更に次のとおり追加する。

(罪となるべき事実)

被告人は

第五 昭和四四年四月一四日午前零時一五分頃福岡市山門郡三橋町大字蒲船津三六七番地の二附近路上において、普通貨物自動車を運転進行中原判示第二の衝突による傷害事故を起しながら、運転を停止して負傷者菊次早人を救護しなかった

ものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の行為を法律に照らすと、原判決が確定した原判示第一の速度違反の点は道路交通法第一一八条第一項第三号(第六八条第二二条第一項同法施行令第一一条第一号)に、同第二の業務上過失致死の点は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、同第三の報告義務違反の点は道路交通法第一一九条第一項第一〇号(第七二条第一項後段)に、同第四の酒酔い運転の点は同法第一一七条の二第一号(第六五条同法施行令第二六条の二)に、当裁判所が認定した前記第五の救護義務違反の点は同法第一一七条(第七二条第一項前段)に各該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により最も重い第二の業務上過失致死の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内において被告人を懲役一年六月に処し、当審における訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村荘十郎 裁判官 松澤博夫 裁判官伊東正七郎は転勤につき署名押印することができない。裁判長裁判官 中村荘十郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例